世界中の予言について言いたきこと。当たってても外れてても…。

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未来 予言

まぁ、有名な話かもしれないけど。
恐怖の大王が1999年にやってくるとか、2012年にマヤのカレンダーが終わるとか…。
予言とされているものはいろいろありますが、ほとんど外れているように見えますね。
でも、西暦そのものが少々ずれているんです。

ディオニュシウスの求めた紀元は、今日推定されるイエスの生年から4年ほどずれていると考えられている。現在では、イエスはヘロデ大王の治世の末期、紀元前4年頃に生まれたと考えられている。

西暦 – Wikipedia

西暦とは、イエス・キリストが生まれた年(らしき年)から始まり、今に至ります。
しかし!イエス・キリストがいつ生まれ、いつ死んだのかは実際のところ、正確にはわかっていません。結構なずれが生じている可能性もあります。

だからと言って、全ての予言が当たっているとは言わないけどね。
というか、予言は100%当たるなんてことはほとんどないのです。

予言というものの種類

  • 天啓を聞いた。(誰かが自分に語りかけた)
  • ビジョンが見えた。(予知夢・催眠状態含む)
  • 予言が伝承されてきた。(初めに誰が言ったのかはわからない)
  • 創作物が予言になった。(書いた本の内容が数年後に実現など)
    …などなど。

この中で、伝承されてきた予言以外は、すべて予言をした当人が関わっています。
誰かに話しかけられたにせよ、見えたにせよ、たまたま書いたものが数年後に同じ事象が起こったにせよ、その人が何かを受け取ったことには変わりありません。
別記事(エドガー・ケイシーの予言的中?日本でアトランティス大陸浮上か?!)でも書いています。

そうして未来に起きるであろう何かを受け取った場合、リアルタイムで起きていることを遠隔で見ない限り、変わってしまうことは十分にあり得ますし、それが数年ずれることは十分にあり得ます。

その中で意外とずれていないものは、創作物が予言になったパターンが多い気がしています。
つまり、本人が予言するつもりなく、頭にふわっと浮かんだことを書いたりした場合に、それが恐ろしいほど未来に実現してしまう。

創作物が予言になってしまった例

小説:モーガン・ロバートソン作「タイタン号の遭難、または愚行」
有名すぎるタイタン号遭難の話です。
現実のタイタニック号の事故とあまりにも類似点が多く、創作物が予言になってしまった例の走りともいえる作品。
船の大きさ・乗客の数・事故の原因(氷山に衝突)、衝突した箇所、事故の時期…などなどが、ほぼタイタニックと同じことから、「未来を予知したのか?!」と騒がれました。
その後、実際のタイタニックの事故に合わせて版を重ねるごとにより内容を似せた。とも言われていますが、タイタン号が氷山に衝突して遭難する筋は変わっておらず、あとで大きさを似せたにせよ、船名と原因が似ているということだけで、予言と言えるのではないでしょうか。

参照:原作(英語) 👆

●小説:エドガー・アラン・ポー作「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」
アーサー・ゴードン・ピムの密航した捕鯨船で船員の反乱が起こり、更に暴風雨に遭遇して遭難し、漂流…そして、カニバリズムへ…という話です。
実際46年後にイギリスの船が遭難し、小説の内容と同じく4人の船員が飢えたあげく、くじ引きにてナイフで仲間を殺害。殺された仲間の名前が、これまた小説と同じくリチャード・パーカーという名だったという怖さ。
この小説以外にも、ポーは未来を予知するような小説を発表しており、何かが見えていたのでは?とも言われています。1849年に他人の服を着せられた状態で見つかり、謎の死を遂げました。

参照:ボー小説全集2 👆

●漫画:大友 克洋作「AKIRA」
昨今、これも予言しているということで有名になりました。
TOKYO2020オリンピックの会場とされるところが物語のクライマックスに出てきます。
オリンピック会場の看板下に「中止だ!中止!」と書かれていたり、劇中の新聞に「WHO、伝染病対策を非難」と書かれていたりと怖すぎるほど当たっています。
ネオ東京が水没した日本を復興させるために作られたという都市であることも、ある意味(東北の震災等々最近は水害だらけ)では当たっています。

参照:AKIRA 👆

絵画:ヴィクトル・ブローネル「自画像」
右片目がえぐられたような不気味な自画像をヴィクトル・ブローネルが描いたのは、28歳の時。
約7年後にオスカー・ドミンゲスとエステバン・フランセスの喧嘩の仲裁に入り、左目を失ってしまいます。
右目がえぐられた自画像なのに、左目を失うって…?自分の自画像を描く際は鏡を見ますよね。
そう、鏡に映った右目は実際は左目なのです。そして、もう一つの自画像「Dというアルファベットのついた棒に片眼を刺しぬかれた絵」は、ドミンゲスのDと同じ…怖すぎます!

参照:怖い絵シリーズの本 👆

もちろん、これは一例です。
偶然にも未来を予知してしまった創作物は、まだまだ存在しています。

予想しないほうが予知しやすい

予言することを職業にしていたり、予言者として期待されていたりすると、どうしてもその人の主観が入ってしまいやすくなります。
何が何でも当てなきゃいけないプレッシャーの中で、予言しなきゃいけないことになったら…。
毎日、「外れたらどうしよう!」って感じないといけないわけです(汗)
それで、とんでもないものが見えても「きっと現実的に考えると~に違いない」と、理性的に変えてしまうこともあり、予言者には当たることを期待しないほうがむしろ当たるんじゃないかと思います。

だから、あまり宝くじは当たらない(笑)
あと、宝くじは当たるとわかっていても、その番号にいきつけるかどうかわからないところがありますよね。
予知能力がちょっとでもある方は、触らせてもらえるくじのほうが当たります。たぶん。
たまーに銀色の印の向こうを裏側でも見透かせたりすることが…あったり…。
私自身が、触れただけでわかったということが何回かあったのです。
ただ前述したとおり、予知は求められると外れることが多いので、表立っては言いませんが。

結論

私自身には、ちょっとした予知能力があるようです。
でもね、これって私だけじゃなくて皆そこそこは持っているはずのものなのです。
というのも、私自身が意識した時には全然当たらないから!
何にも考えていない時に、突然目の前にフィルムが流れているように見えてしまうことがあります。
私は未来の事は夢で見て、リアルタイムの遠景で起きている事はビジョンで見えることが多いです。

これを別に超能力!とかは思いません。
昔からよく言われているように「虫の知らせ」というものじゃないかと。昔からこういう言葉があるということは、特別じゃない人が未来を見たり、リアルタイムで遠景が見えたりすることが普通にあったんでしょう。

それに、たまたま未来が見えちゃったり…ということを公に言うと、「気持ち悪い!」とか「おばけが見える人とかそういう種類の…」と特別視されてしまうことがあります。
私は、一時期そうなったことがあったのでちょっと嫌なのです。

見えないことが普通なんじゃなくて、見えることが普通なんだけど!
それを言ったら、現在存在していないものを創作する多くのクリエイターは、皆見える人だってことになるのです。ふと、頭に浮かんだ物語や絵画は、あなたが理性だけで作ったものですかー!!って言いたい。
大概の人は見えているけど、100%じゃないだけ。
それは、未来が変わることもあるし、理性が見えたものを否定して都合よく変えてしまうこともあるから。100%当たる予言は、ほとんどないでしょう。神様が予言したもの以外…。
(仏陀とかキリストが、とか言われたらちょっと自信ない;)

アカシックレコードがどうとか…などは、別に記述することにします。(かなり長くなるはず)

そんなわけで、「視える人なら、私の未来を視てください!」とかは言わないでください。
たぶん、外れます…。